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28.申年の雑学

 2016年第1号  - 猩猩 梅原 陽介 -


謹賀新年

難猿(去り)復猿(縁)来たる
難猿(去り)復猿(縁)来たる」の意


  •  猿年です。私の干支です。筆者は、当年72歳です。

 

  •  古来より、女性は、七の倍数、男性は、八の倍数。これは、体調を始めとする周辺の変化の刻みだそうです。養銘酒のテレビコマーシャルでも云ってますよね。我が家では、夫婦で刻み年です。気を付けて気を付けて・・・。

 

  •  そんなことから昨年には、猿に因んだ処と云う事で、かの有名な「見ざる・言わざる・聞かざる」を見て、東照宮参りをしてまいりました。どうぞ、お陰が頂けます様に。

日光東照宮
日光東照宮

8匹の猿 日光東照宮 神厩舎
「8匹の猿」(日光東照宮 神厩舎

  

  •  猿は、古来より、馬の守護神とされて来たようであります。横浜の称名寺に安置されている愛染明王像の台座には、駒引き猿の図(荒れ狂う馬を鎮めようと手を引いている図)があると云う事です。

称名寺
真言律宗別格本山 称名寺

 

  •  されど、「厩の欄間に飾りたる三猿、思うた程の迫力は無し」が実感でありまして、三猿よりも、中に居る白馬の方が神々しくて迫力がありました。

三猿 日光東照宮 神厩舎
「三猿」(日光東照宮 神厩舎

 

  •  筆者は、俗に云う「三猿の教え」とは、「不視・不聴・不言」。自分に関わりに成る様な事はしない。とありますが、自分だけが大事では、人の世は、「人情紙の如し」であります。筆者としては些か寂しい気がします。が、皆さんは如何ですか。

 

  •  人其々、その場に適応した対応が大事であると思います。

  

  •  厩舎に居る馬の話に戻りますが、何でも中東から来たサラブレッドの名馬のようであります。
  •  神々しき馬を見ながらの、ギャラリーの声・・・
    • ・「綺麗な馬やなぁ」
    • ・「流石は、家康さんや、良い馬やなぁ」
    • ・「そらそやなぁ、偉い人は違うなぁ」
    • ・「この馬に家康さんは、乗ってたんかなぁ」
    • ・「あんた違うがなぁ、そんなことは無いわな、この馬は、ずーとここに居るんやでぇ」
    • ・「あぁそうか、家康さんは、お江戸やな」
  • と後へも続く・・・。
  • 思わず笑ってしまいました。
  •  綺麗な馬は分かります。が、家康が飼ったった馬では無い。東照宮は、家康の墓所やないですか。亡くなった後に出来てるんですよ。その上、馬はそんなに長生きしませんで。アハハハハですわ。
  •  でもこの小母さん連中の会話は、いつの間にか本当になってしまったりするんですかねえ。よくありますよねえ、訳は分からんけれど、昔からそうしてるんやと云う話が・・・・・微笑ましいとは思いますが、恐ろしい事ですね。

 

  •  出来の悪い、と云うよりほとんどのワイドショウのコメンテーターやレポターの面々の低レベルな発言を・・・。
  •  せんべいをカリポリカリポリしながら聞いている諸氏の口伝が、独り歩きをしてしまう。あぁぁぁおそろしやおそろしや。

  

  •  ついこの間も、某有名ワイドショウで、奈良の大仏様の頭の髪の毛の螺髪(らはつ)が966個あるのは、嘘か眞か、東大の研究所まで繰り出して数えたとか、「くだらん」の一言であります。

 

  •  一見すれば、それほどの数など有る筈がないと云う事は、誰にでも分かる筈・・・・・・。落語の世界では、


「もともとは966個あったのであるが、何度も火災にあって今の数に成ってしまったのである。夢の無い話をしなさんな」
(落語家桂南光氏談)


  •  さておき、申年と云うのは、十二支で九番目、方角は西南西、時間で示すと午後三時から五時までと云う事です。
  •  そもそも「申」と云う文字は、稲妻の象形文字、意味するところは、背骨と肋骨を示すもの、つまり、万物の出来上がりの終盤を示しているとされています。つまり、間もなく夜が来て、次の夜明けには、万物が目を覚ますと云う事に成ります。陰が伸縮して行き、いよいよ陽の動きが活発になると云う事です。
  •  因みに、「申」と云うのは、象形文字ではありますが、実在の動物の象形ではありません。
  •  これらは全て干支のルールにのっとって、表示されています。
  •  それでは、

 

「干支に付いて」

  •  そもそも干支と云うのは、十二支に十支(甲乙丙丁戌巳庚辛壬・)を組み合わせ、六十種の呼び名を作り、それに暦の年月を当てはめその順序と周期を・・・ここまで来ると素人の筆者には何が何だか・・・。
  •  要するに、今より三千年前、中国の殷の時代に始まったとされています。
  •  歴史は下って漢の時代に成って、十二進法の考え方を導入して、十二支が考案されました。更に、戦国時代に入って単純化するために十二支に動物が当てはめられて今日の十二支獣が生まれたと、後漢時代に後漢の王・充によって著された『論衡』に示されているとされています。
  •  この様な十二支獣の暦は、インド、バビロニア、ペルシャ、エジプトなどにもあるようであります。
  •  この十二支獣歴が、日本に伝わって来たのは、千二三百年前と云われています。その証として、正倉院の御物の中に、十二支刻彫石板があると云う事でありす。ご参考までに・・・。

 
 


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  • それでは、この辺で猿にまつわる故事を少しばかりご紹介しましよう。

 

猿の故事

  • ■「窮猿林に奔る、豈(あに)木を択ぶに暇あらんや」
  •  追いつめられた猿は、林に逃げ込むが気の良し悪しや高い低いを選んでいる余裕などは無い。と云う慌てふためく様子をいう。

 

  • ■「猿、檻中におけば、豚と同じ」
  •  いくら有能な人材であっても、その手腕を発揮できる環境にいなければ、次第に無能者に成って行く。

 

  • ■「木から落ちた猿」
  •  如何に悧巧とされている猿と云っても、得意とする木の上であれば、その有能振りをを発揮しますが、木から落ちてしまうと、どうすればよいのか、ウロウロしてしまう。と云う例え。
  •  皆さんご存じの「猿も木から落ちる」の例えとは、少し違います。こちらは、「弘法も筆の誤り」と同様に意味合いで、得意の技でも有頂天に成って油断をしていると思わぬ失敗をしてしまう。と云うものです。

 

  • ■「猿の人真似」
  •  自分の考え無しで本質を掴めていない、うわべの真似では何の進歩も無い。と云うことでありますが、昨今の社会現象はこの逆「人の猿真似」・・ああぁなさけなやなさけなや・・・・・・。
  •  と云っても、職人の世界や芸術の分野では真似が真技を生むと云う事は、往々にしてある事。筆者は、「真似は、技の始まり」と考えています。

 

  • ■「痴猿、月を捉う」
  •  痴(阿呆)なる者の考えは、慎むべきである。天に昇る月を捉えることなど出来はしない。むろん、水に浮かぶ月を捉える事も出来はしない。それこそ浅知恵と云うものである。
  •  これに類するものに「猿猴、月を取る」、多くの猿が群れ、井の中の月を見て、その月を取ろうとして、一本枝に群がり、その月を救い掴み握ろうとするが、耐えきれなくなった枝は、折れて池に落ち、群れなす猿の全てが死んでしまったと云う。
  •  無智な欲の為に、命を捨ててしまう事さえあると云う例えであります。
  • ■「猿の水練、魚の木登り」
  •  出来ない事はするものではない。やる事がちぐはぐでは、事は何も始まらないものだ。何事も正攻法が一番の方策である。
  •  ■筆者曰く、
  • 「今、難ある人は、“難が猿(去り)、福猿(縁)が来たる”を待ち、取りあえず、モンキー(文句)を言わず頑張りましょうよ」

 

おまけの雑学

  • ● 猿は、霊長目の内、人類とツバイ目を除いた霊長目の俗称であるとされています。
    • ツバイ目と云うのは、キネズミを代表としたグループの様であります。興味のお有りの方は、調べてみてください。

 

  • ● 猿は、他の動物にみる様な繁殖期が無いとされています。周年に渡っていると云う事です。と云う事は、ここでも、より人間に近いと云う事ですね。妊娠期間は、275日と、人間よりも短いですが、他の動物に比べればこれも近いですね。ただし、どう云う訳か、尾長猿だけは、短く180日だそうです。
  •  一産一子で、性的成熟機に達する年齢は、4歳。人間で云うと概ね16歳だと云う事です。そうしますと、猿は相当人間に近い動物と云う事ですね。でも気を付けないと、最近は、猿に近い人間がずいぶん増えてきてるようですからね。

 

  • 他にも雑学があります。

 

  • ● 猛将加藤清正は、猿面冠者(豊臣秀吉)の第一の忠臣、その清正は、実際に猿を飼って寵愛していたと云う事です。

 加藤清正
加藤清正肖像

 

  • ● 初代市川団十郎の自が付けた号は、『白猿』。年老いた白猿の身のこなしの素早さに執着、歌舞伎の演技に取り入れたいとの思いからであると云われています。
  •  団十郎が生きていたのは、1660年(万冶3年江戸前期)から1704年(元禄17年)と云う事は、白猿は、江戸時代以前から生息していたのでしょうねぇ。

 

 初代 市川團十郎
初代 市川團十郎(早稲田大学演劇博物館蔵)

 

  • ● 山形県の米沢の吾妻山には、野生の白猿がいると云う事です。昭和13年地元のハンターが吾妻山の山中で雌の白猿を見つけ、一週間ほど飼育した後、東京の上野動物園に引き取ってもらったそうです。が、環境が合わなかったのか、一年余りで死んでしまったそうです。
  •  これまでに確認された白猿は、昭和13年を一頭目として23頭(平成23年3月白猿会調査)だそうです。名作「吾妻の白猿神」(戸川幸夫著)のモデルでもあるそうです。

 
「吾妻の白猿神」(ISBN-9784337122390)


  • 猿の脳みそは、中国料理の最高級ランクであるツバメの巣と共に珍味とされています。更に、猿の頭蓋骨の黒焼は、婦人病の民間薬として、珍重されていると云う事です。勿論中国での話ですが。
  • ● 東京赤坂の(山王)日枝神社の拝殿前には、狛犬ならぬ狛猿があり、山王様の神使(つかわしめ)然と、烏帽子をかぶり、沓を穿いた装束姿の、夫婦の猿形の石像があります。今日では、パワースポットとしても、良縁の神様としても有名になっていると云う事です。

 

 山王日枝神社
山王日枝神社


  • などなど、猿にまつわるお話の数々、如何でしたでしょうか。
  •  皆さんも周りを探って頂いて猿学を・・・・・・。猿学をと云っても狂言の猿楽(狂言の以前の形・散楽(朝鮮~日本)~田楽~猿楽~狂言・能・歌舞伎へと・・・)ではありませんが・・・・・。

 

「去る(猿)者、日々に疎し」

  • 今年は、例年よりも時が、早く過ぎてよくかもしれませんよ。
  •  今、周りに居る人達には、よく気配り、よく気遣いをして、去って行かれない様にして下さいよ。気が付けば一人ぼっち、と云う事に成らない様に。



平成28年正月 猩々記

 

 

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