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40.辞世の句 第2集(全4回)

 2016年第13号  - 猩猩 梅原 陽介 -


  •  今月はお盆、因んで辞世の句を読んでみたいと思います。
  •  故人は、辞世の句をよく詠んだようであります。取り分け武人、文人、貴人、等などは、好く詠んだようであります。
  •   
  •  小拙も因んで、恥ずかしながら詠んでみたいと思います。
  •  お目汚し、お気持ち汚しかとは思いますが、心あらば、お目通しをお願いするものであります。
     前提は、小拙が八十歳まで生きた、としてであります。
  •  従って、八十句まで詠めれば「黄泉(読み)止め」としたいと思います。
  •  併せて、句と云うよりも詞が多くなりましたので、敢えて、句詞(くことば)と致しました。

  
21句詞

「どっこいしょ、腰を上げたら黄泉の国、
 どっこいしょ、座って見ても黄泉の国、
 何れ誰もが行く処、ならばしばらくここに居て
 みなの寝顔を見てみるか」

 この齢に成って見ると、立つのにも、座るのにも、ついつい「どっこいしょ」と云ってしまうものだ。
 きっと誰しもこうなんでしょう。
 それであれば、もう少し、家族だんらんを楽しんでみましょうか。

 
■22句詞

「齢(よわい)を重ねて、この程度、
 ならば太っとく短くと、思うてみても今更に
 これで良しこれで良し、己の声で云いきかす、
 これも人生あれも人生」

 自分なりに人生を送って来たつもりでありますが、こんなものであったのか、ならばもう少し太く短く楽しんでくれば良かったと思ってみる。
 かと云って、太く短く生きて来た者を見るにつけ、いやいや、我人生は、これで良かったのであると、自身に言い聞かせてみる。

 
■23句詞

「これまでと、数珠を握ったその時に、
 飛び散る珠の行き先が、
 あの世かこの世か定まらぬうちは、しぶとく生きて見せようぞ」

 我人生も、これまでかと思って心に決めてみたものの、なかなか思うようには行かないものである。
 それであるのなら、思い切り生きてみるのも、これもまた人生かと思ってみる。

 
■24句詞

「あれこれと思って生きた人生も、
  ここまで来れば是非もない、天に任せて生きてみるも善し」

 ああだこうだと思いを巡らしながら、今日まで生きてきましたが、良く生きたものであります。
 ここまで生きて来れば、とやかく云わずに、運を天に任せて、生きてみるのも善しとせねばなるまいて・・・。

 
■25句詞

「金輪際、会う事も無き人なれど、
     今際(いまわ)の岐波(きわ)に、行く末を思う」

 臨終を迎える日は、誰にも来ます。
 其々の人生の中で、多くの人に出会ってきましたが、中には、二度と会いたくない人、会いたくても、所在の分からない人、があるものです。
 今際の岐波には、きっとそんな人の事を思い出してしまうのではないのか、と思います。
 気にかかるところであります。かといって、どうなるものでもないのですが・・・・。
 人の一生とは、きっとそんなもんなんでしょう。

 
■26句詞

「雪月花、時の移ろい為すがまま、
 生きるも死ぬるも、仏の手の内、
 何を思うて生きるのも、何を思うて死ぬるのも、
 送る人々何をかいわんや」
 
 自然の為すがままに、今日まで生きて来ましたが、どれ程の事が出来たのでしょうか。
 送る人たちは、いろいろと云うでしょうが、そんな事は、聞こえもせんし、見えもしませんな。

 
■27句詞

「ままよ人生、生きてはみたが、今の今まで知りはせなんだ。
 九割九分の無智なれど、一分を知って善かれと往生、
 これも人生あれも人生」
 
 生きていれば、何とか成ると思って今日まで生きて来ました。
 人よりも熟知していると思って生きて来ましたが、考えてみると、知らない事ばかりでありました。
 ここに至っては、一分でも知っていた事を、善しとして人生の終焉を迎えましょう。

 
■28句詞

「もしもし石の地蔵さん、
 私の道はどっちかえ、あの世に来てまで迷うとは、
 今更ながらと手を握り聞く」
 
 あの世に来ては見たものの、道に迷ってしまいました。
 お地蔵様、教えて頂けませんか。と思って、枕辺の人に聞いてみる。
 どうやらまだ臨終はしていない様です。

  
■29句詞

「記憶の種を次々忘れ、残る一つを記憶に留め、
              “ありがとう”の一言で、ことり」
 
 死を待つ間に、記憶が薄れ、次々と忘れて行きます。
 この言葉だけは、憶えておきたいものであります。
 「ありがとう」の一言で臨終したいものであります。

 
■30句詞

「さあ往くと、集まる皆に伝えても、
     迎えが来なけりゃ、乗る船も無し、
        葬頭河ばあさん相手に、一献語るか」
 
 そろそろとお迎えであります。
 と親戚縁者が集まりましたが、なかなかその時が来ません。
 三途の河に、船が来ていませんでした。
 仕方が無いので、三途の河原で衣類を剥いでいる葬頭河(しょうずか)の婆(ばあ)さん(脱衣婆)とでも一献交わして、昔話でもして、船を待ってみましょうか。

 
■31句詞

「人の世と、味の具合は、さじ加減
           さじの具合で良し悪しが効く」
 
 自分一人では生きて行けないのが世の中です。
 味の世界も材料だけでは、良い味は出せません。
 人生も味もさじ加減次第です。
 私の人生は、旨いさじ加減で過ごせて来たのでしょうか。今にして思えばあれもこれもとありますが・・・。

 
■33句詞

「地獄の沙汰も金次第、この世の沙汰も金次第、
  金がそんなに偉いのか、金など只の作り物、
   人の智を持て、心持て、それぞ人生、桜花爛漫」
 
 あの世もこの世も金次第の世の中に成ってしまいました。
 ここらで本来に立ち返って、人本来の生き方をしてみては・・・。
 坊主に、花屋に、葬儀屋に、墓石屋に高値を請求されたと悔むよりも、質素ながらも、生きてるうちが花と、思いの限りで生きてみては・・・。
 金なぞは、所詮人の作ったものです。
 知恵と心で生きて。
 きっと人生が楽しくなると思いますよ。
 些か私には遅かったようですが・・・。

 
■34句詞

「上見て切りなし、下見て惨め、同じ人生どう生きよ。
 自分の物差し程々に手繰って測って丁度好し、
 これぞ人生生きてみて、まあまあこんなもんでしょう」
 
 人生、上を見ても下を見ても、所詮他人事、意味の無いものであります。
 自分の人生は、自分の物差しで測って、その良し悪しを自分で、決める方が良いのであります。
 あの人どうの、この人どうのと語る事は、栓無い事です。
 大いに楽しんで、まあまあこんなもんでしょうとあの世へ往きたいものですね。

 
■35句詞

「紫雲たなびく青天に、釈迦の乗りたる迎え船、
    先は地獄か天国か、何れ閻魔の仕分けかな、
         往くも往かぬも、額の三角、死装束」
  
 死期間近の枕辺に、薄紫色の雲の船に乗った釈迦如来がお迎えの如くやって来ました。
 さあいよいよか、天国へ行かせてくれるのか、はたまた地獄へか・・・。
 何れにしても、閻魔さまの台帳次第のこと、兎にも角にも死に装束で待ってみましょう。

 
■36句詞

「ようやっと迎えの来たかと目をつぶり
         今かと待てば両隣、我の迎えは何時の事やら」
 
 ようやくお迎えが来たのであると観念をして目を閉じて待っていたのであるが、迎えが来たのは、右隣そして左隣り、はてさて私の晩はいったい何時に成るのであろうと待ち受けています。

 
■37句詞

「三途の川で棹さすは、赤か黄色か青鬼か、
 六文銭の船賃を数えるうちに、目が覚めた、
 この世に残した事も無し、
 そのうちわしも行くわいな、そんなに遠くないうちに」
 
 三途の河の渡し船の船頭は、赤鬼、黄鬼、青鬼の三匹が、前、後、中と舵を取っています。
 あっそうそう六文銭六文銭と探しているうちに目が覚めてしまったようである。
 この世に何の未練も有る訳ではないのですが・・・。まあいいか、その内にまた迎えに来てくれるでしょうから。

 
■38句詞

「つるべ落としの日が暮れて、月の出番を待つる時、
     コトリと落ちた我命、知る人も有り知る人も無し」

 人の命と云うものは、秋の日の夕方の日の様に突然に消えてゆくものなのです。
 年老いた私にとっては、多くの人にもみとられる事も無く、葬送の儀が行われる事も無くただ粛々と時が過ぎて行くのでしょう。

 
■39句詞

「落ちた命と引き換えに、新なる命の誕生は、
    この世とあの世のそろばん勘定、
      加減乗除で渡り切る三途の河もなんのその」
  
 落ちていくか、上って行くかの命でありますが、そればかりではありません。
 新しく生まれて来る命もあるのです。
 赤ちゃんが生まれると近くの何処かで、近しい人があの世へ旅立つものです。
 世代交代であります。
 あの世もこの世も旨く勘定があっているのであります。
 これが自然と云うものなのですね。

 
■40句詞

「上々の、人生送ったこの旅路、ここは、上りかふりだしか、
        何れにしても往く処、さあさ何れも神妙に仏妙に」
 
 自分は自分なりに納得のいく人生を送ってきました。
 ここが、我人生の終点に成るのか、天国地獄への旅立ちに成るのか、誰もが往かなければならないところであります。
 さあさあ、どちらさまも、仏さまの御前ですよ、神さまの御前ですよ。
 神妙にしてまいりましょう。

  


 

  • いかがだったでしょうか・・・続きは、また次回の講釈で。

 

  • ※「41.辞世の句 第3集(全4回)」に続きます。

 
  

 
 
平成28年 8月猩々記 

 

 

 

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