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41.辞世の句 第3集(全4回)

 2016年第14号  - 猩猩 梅原 陽介 -


  •  今月はお盆、因んで辞世の句を読んでみたいと思います。
  •  故人は、辞世の句をよく詠んだようであります。取り分け武人、文人、貴人、等などは、好く詠んだようであります。
  •   
  •  小拙も因んで、恥ずかしながら詠んでみたいと思います。
  •  お目汚し、お気持ち汚しかとは思いますが、心あらば、お目通しをお願いするものであります。
     前提は、小拙が八十歳まで生きた、としてであります。
  •  従って、八十句まで詠めれば「黄泉(読み)止め」としたいと思います。
  •  併せて、句と云うよりも詞が多くなりましたので、敢えて、句詞(くことば)と致しました。

  
■41句詞

「我と来て遊びて暮らした人生も、これで終りと目途を付け、
 印を結んで手を合わせ、妻に感謝の意を述べて、
 これで終りと思うたら、まだまだ生かすと戻された。
 何ぞ世の為人の為、役に立つなら立ててやろ、
 思うて一つ生きてやろ、死んだつもりで生きてやろ」
 
 思うがままに、生きて来た人生ですが、ここらでお終いかと納得し、永きに渡り厄介になった妻に感謝の意を述べて手を合わせたものの、なかなかお迎えが来ない、来ないどころかやっと往けたと思ったら、まだ早いと戻されたしまった。
 それならそれで、迎えが来るまで、世の為人の為に生きてやろう。
 死んだつもりで頑張れば、閻魔さまも納得してくれるだろうと・・・。
 この世の時の功徳が足らなかった分・・・。

 
42句詞

「天の道、地の道、迷道、人の道、道にも様々あるけれど、
 これから行く道どんな道、地獄極楽閻魔が選ぶ、
 せめて決めたや、あの世への道」
 
 道にはいろいろあります。
 臨終の時が来ました。
 今までの道は自分で選びましたが、あの世への道は、地獄へ行くのか、はたまた天国へ行かせてくれるのか、閻魔大王さまが選んでくれるとのこと。
 出来る事なら、この道も自分で選びたいものであります。

 
43句詞

「ちらほらと、三途の向こうの花畑、彼岸の国はどんな処
 心配するには及ばない、この世が地獄であの世が天国、
 それが分かれば、是非も無い、往きつ戻りつ生きて行こ」
 
 最近、川向うの花畑の夢をよく見ます。
 現の時には、あの世とはどんな処であろうかと思いもする。
 さほど心配することはない、考えれば、今居るこの世こそが地獄であってあの世は全て天国なのであると思えばいいのであります。
 お迎えが来るまでは、夢の中であの世を見、現の中であの世をみよう。

 
44句詞

「親戚縁者の顔は見た、
 友達知人の顔も見た、
 妻に子供に孫も見た、
 まだ未練なのは、へそくりの顔」
 
 親戚の顔も見ました、友人や知人の顔も見ました、妻の顔も孫の顔も子供たちの顔も見ました。
 唯一つ気になる事があります。
 それは、大きな声では言えませんが、隠しに隠して貯め置いたへそくりの行く末であります。

 
45句詞

「追い蔓を切って、神木寝かせた、その時が、
  己(斧)が寝息の止まる時、それから先など知る由も無し」
 
 人生という大木を育ててきました。
 長い間に、絡まり付いた世間のしがらみと云う蔦を、切り離して我が身に模したその大木を神木となるための糧として倒す。
 その時が、我臨終の時であります。
 それから先は知る由もありません。

 
46句詞

「百年(ももとせ)を生きんとしたが、まだ未熟、
   ここが我身の伏し床と皆々これにておさらばさらば」
 
 随分と長く生きてきましたが、思うに、まだまだ未熟であります。
 残念ではありますが、これが世の定めであるならば、これも受け入れなければなりません。
 皆さん、伏せったままではございますが、この辺でお別れであります。
 あらためてさようならを申し上げます。

 
47句詞

「寝かせたる我身がやがて神木に、
      成らんと願って旅立ちの
          白装束に装うも嬉し」
 
 とうとう身を横たえることになってしまいました。
 やがてこの身も仏となり、神のもとに身を委ねることになるのでしょうね。
 ここになってみれば、旅立ち衣装の白装束も、何とわなしに晴れがましいように思われてなりません。

 
48句詞

「なんとなく生きて来たよな我人生、終焉時節に反省あるのみ」
 
 生まれて来たから生きて来たような人生でありましたが、事ここに至ってみれば、ああすればよかったこうすればよかったと、反省する事頻りであります。

 
49句詞

「何もかも失敗だらけの人生を
  人皆善と評するも恥ずかし 我に残るは感謝あるのみ」
 
 今にして考えると、失敗ばかりの人生であった。
 あれも失敗これも失敗、それでも人は、あれも良かったこれも良かったと評価をしてくれます。
 有り難いことであります。嬉しいことであります。
 今になってしまえば何のお礼も出来はしませんが、思うはただただ感謝であります。

 
50句詞

「こんちくしょう、それでも生きた八十年、
 誰ぞが文句をつけるのか悔しかったらつけてこい、
 地獄の底まで来れるかや、とは云いながら」
 
 我人生を人生として一生懸命生きて来たつもりであります。
 誰にも文句などは付けさせない、そう思っています。
 もし私に文句が付けたいのであれば、地獄の底まで付いてくればいいと思います。
 出来はしませんね。
 と強がりを云ってみたものの・・・。

 
51句詞

「ああしんど、ここらで勘忍しといたる
 何が悲して生きてきた、
 さあこれからは極楽や、死んだらみんな極楽や
 何の地獄があるものか、
 この世が地獄じゃ、生き地獄
 さあさ、五色の船に乗り彼岸の里へと出かけよう」
 
 ずいぶん長く生きてきました。
 もうこのくらいでいいでしょう。
 あの世には地獄極楽があると聞いていますが、そんなものはありはしません。
 あの世は天国、この世が地獄であります。
 安心してあの世に旅立ちたいと思います。

 
52句詞

「おーいと呼ぶ声遠ざかり、真と静まる夕間暮れ
     我人生の終の里、おさらばさらば皆の衆、
           しっかり生きて、待ってるぞ」
 
 だんだん意識が遠のいていきました。
 何と静かな夕暮れでありましょうか。
 お世話のなった皆さんこれでお別れです。
 皆さんもしっかり生きて下さいね。
 私は一足先にあの世に行って待っていますよ。

 
■52句詞

「よかったな、ここまで元気で生きてきて、
 ここから先はおまけの人生
 思ったとたんに、お迎えか、
 ぎゃていぎゃていはらそうぎゃていぼじそわか・・・
 般若心経」
 
 良い人生でありました。
 もう少し生きたいと思っていたものですが、とうとうお迎えが来てしまいました。
 日頃読み慣れた般若心経を唱えて、お迎えを待つとしましょうか。

 
53句詞

「何もかもこれで終わりと思うても、神が許さぬ、仏が知らぬ
 これでは、川も渡れまい
 神仏頼みで生きてみる
 これも人生あれも人生」
 
 平均寿命まで生きて来た、そろそろ我人生も終焉を迎えるのかと思っているのですが、あの世からの音沙汰がありません。
 神様も仏さまもどうしたのでしょうか。
 決して死にたいわけではありませんが、しかたがないので、もう少し生きさせてもらいます。
 残りの人生を謳歌しながら・・・。

 
54句詞

「春風に生き、夏の暑さに耐え、
 秋の寂しさを偲び、冬の厳しさを知った
 人生の死期が来た」
 
 人生の四季を、自分なりに生きてきました。
 もうそろそろ死期がくるのでは・・・。
 先ず以って、準備をしておきましょう。

 
55句詞

「風止まり、光り薄く、静寂の広がり、
         茫々として命の花しぼむ」
 
 風の音が亡くなりました。
 光がうすぼんやりとなりました。
 すべての音が消えてしまいました。
 我人生に咲かせた花が、一つづつ凋んでいくのだけが見えています。
 ああ良く生きてきました。

 
56句詞

「またとない人生を又となく生きてみて、思うは、人生礼賛」
 
 自身が予知して生まれて来た人生でもないのに、それなりに楽しみ喜び苦しみ生きてきました。
 この時を迎えて、思う事は、人生というものは、本当に素晴らしきものであります。

 
57句詞

「晴れやかな日に、晴れやかに産まれ
 晴れやかな日に、晴れやかに死す、
 我人生謳歌である」
 
 みんなに祝福されて生まれてきました。
 みんなに看取られて旅立ちます。
 素晴らしきわが人生に、万歳であります。

 
58句詞

「生まれた時には、気付かぬ事を
 死ぬる時には、気付くもの
 それだけ物事を知り、人を知る
 これが人生なのであろう
 さらば人生、人よ事よ」
 
 純真無垢で生まれました。
 今日まで生きてきて、さまざまな事を経験し、知りました。
 今になって思うのはこれが人生何であろうと・・・。
 もう云い残す事も、やり残した事もありません。
 さようなら我人生。
 さようなら皆さん。

 
59句詞

「燃えるように人を好きになり、気が遠くなるほど仕事をし
 次々と夢を現に近ずけて気が付いてみると河の畔、
 後はこの川を渡るしかないのであろう」
 
 大好きな人と結婚もしました。
 仕事もうまくいかなかった仕事も含めて、目いっぱいやりました。
 ここにきて、気に思う事は、生きるには終焉があるということです。
 後は、この川を渡って、諸氏との別れを・・・。

 
 
60句詞


「日々一生、重ねて見てきた陽と月と、雨の日もありゃ、風の日もあり
 喜怒哀楽の百面相、せめてこの日は、神顔と、
 云われて死にたや大往生」
 
 自分なりに、日々精進を重ねてきました。
 思えば、雨の日も、風の日もありました。
 嬉しかった日も、楽しかった日もありました。
 せめて今日ばかりは、穏やかな顔をして旅立ちたいものであります。

  


 

  • いかがだったでしょうか・・・続きは、また次回の講釈で。

 

  • ※「42.辞世の句 第4集(全4回)」に続きます。

 
  

 
 
平成28年 8月猩々記 

 

 

 

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