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44.鳥年の雑学

 2017年第1号  - 猩猩 梅原 陽介 -


  • 先ずは筆者の今年の年賀状から 

 

年賀状 猩々

  • 「冥土の旅の一里塚
  •   めでたくもあり
  •   めでたくもなし」

 

  • 六文銭を持って
  • 誰もが渡る三途の川を渡れば
  • 川向うは冥土
  • しゃれこうべのお出迎えです。

 

  •  鳥年・酉年です。
  •  鳥年・酉年と言えば、イメージするのは鶏ですが、鳥類の種類は、約二百種以上、雀もいれば、鶯も、白鳥もいれば、ほろほろ鳥も、ダチョウでさえ酉年の鳥なのであります。学界によって少し考え方が違うようであります。鳥は、鳥類なのか爬虫類なのか?という議論あるようであります。
  •  他の十二支は虎と言えば虎、イノシシと言えば猪、関連種で多いとされるのが、羊と猿。 鳥だけは、バラエティに富み過ぎているのです。地味なものから派手なものまで、大きなものから極小さなものまで、数に暇がないくらいであります。
  •  例えば、最大の鳥は、ダチョウ飛翔する鳥では、アルゲンタブウス、最小の鳥は、マメハチドリ(4cmから6 cm)。生態が、これまた千差万別なのであります。
  •  さておき、 鳥は酉でありますが、では酉はどのような意味を持っているのでしょうか、 よく似た字に酒という字があります。が、酒ではなくて、酒を満たす器のことと言います、つまり、樽とか壷の形象であって語源は、天地万物が熟し結実することを表していると云います。成る、老いる、更改、革新成就を示す、ともされています。
  •  因みに、酉の字の中の一本線は、酒が水平であることを示す一線で、両方につながっているのが正解であります。
  •  古くは、酉も酒も同義語とされて就(しゅう) と解釈されていましたが、後になって、酒は「しゅ」、酉は「ゆう」と読まれるようになったということであります。
  •  そんな謂われの酉年が、どうして鳥なのか酉年なのか? 定かではありませんが、筆者が思うに、新酒のできる時節と十二支で十番目、月で言うと旧暦の9月が酒造りの時期・・・とが一致するというのではないのでしょうか・・・ものの本で調べてみてもよくは分からないようであります。 
  •  因んで、筆者の鳥に関するエピソードを紹介いたします。
  •  主人公は、鳩です。鳩と言っても、公園や町内に棲んでいるものではありません。 レース鳩なんです。


※画像はイメージです。

  •  昭和3 0年代初頭のお話です。
  •  筆者が中学生の時です。当時は、サッカー等はありませんし、ゲームなども存在しません。バレーボールやバスケットボールなどは、クラブ活動、野球なんかは道具にお金が掛かり過ぎますから、せいぜい出来るのがソフトボールくらいの時代なんです。
  •  そんな中、友達内で流行っていたのが、鳩の飼育でありました。
  •  鳩と言ってもレース鳩ですから安くはありませんとても、お小遣いで買える金額ではありませんでした。
  •  そこで考えたのが新聞配達でありました。なかなか許してもらえませんでしたが、夕刊だけということで何とか了解を取って始めることになりました。朝刊なら月800円から1,200円、夕刊なら500円から600円、朝夕刊なら2,000円という時代でした。 販売店は、近くにあった新聞販売所でした。
  •  ふとっちょのおばさんが、てきぱきと切り盛りをしていました。店主のおじさんは、やせ型のこじんまりした人の良さそうな人でした。配達した新聞は毎日新聞と日本経済新聞、50部から60部であったと記憶しています。それで毎月600円をいただきました。
  •  2ヵ月配達して初めの一羽を買うことにしました。
  •  当時、購入する処はぺットショツプではありませんでした。鳩舎です。
  •  鳩舎というのは、文字通り鳩を多く飼育している鳩愛好者の所であります。そこには、庭の一角に六畳ほどの鳩舎がありました。
  •  これから鳩を買いたいという筆者にとりましては、驚嘆でありました。
  •  鳩舎の持ち主が、神様のように見えました。
  •  鳩舎の中には、五十羽近くのレース鳩がいるということでありました。
  •  羽根色は、様々です。
    • 「灰 (灰色で羽に黒い帯線の入ったもので、公園などでよく見かける羽色)」
    • (灰色の部分が栗色で茶色の帯線の入ったもの、栗色は白つぼい灰色とまだらのものが多い)」
    • サシ羽(さしげと言って灰を基調に主羽に白の羽の入ったもの)」
    • ブラック(全体が真っ黒なもの、読んで字のごとし。この種にはサシ羽もあります)」
    • ホワイト(いわゆる白鳩で、羽に色の混じらないもの)」
    • 「モザイク(羽色が全体にモザイク調になっているもの)」
  • などなどであります。
  •  そんな鳩がその鳩舎にはわんさかといるのであります。ですからその御仁が神様に見えるのでありました。その人の名前は、植木さんという方でした。
  • 君はどんな鳩がほしいの」
  • 「良くわからないのですが・・・・」
  • と言うと植木さんは、
  • 「君は初心者だから、これくらいがいいな」
  • と言って一羽の鳩を出してくれました。それは灰色の羽をした少し小さめの鳩でした。
  • 「この鳩は、ドイツ系の雌で、若いけどよく卵をよく産むんだ」
  •  筆者は言われるままに、その鳩を両手で受け取ろうとしました。植木さんは、
  • 「ダメダメそれでは鳩は逃げてしまう。鳩はこうして片手で掴むんだ」
  • と言って右手の人差し指と中指で両足を挟み、 左手で羽ばたきを抑え、残った指で鳩の胸を軽く包み込みました。
  •  そうすると鳩は安心したようにおとなしく成り、植木さんの右手の中にすっぽりと収まりました。筆者も恐る恐る真似てみました。ぎこちないのに鳩は不安を覚えたのか、少しバタつきましたが直ぐに筆者の右手の中に納まってくれました。大感動でありました。
  •  その雌バトは、くるくるとした目をこちらに向けながら新しい飼い主に挨拶をしているかのようでありました。
  •  こうなるともう他の鳩には目もくれません。
  • 「これはいくらで分けてもらえるのですか」
  • 「まだ一羽目を見ただけでしょう。それでいいの?」
  • 「はい、これが気に入りました」
  • 「いくらといっても・・・僕は鳩の売り買いはしないんだ・・・」
  • 「えっこれダメなんですか」
  • 「いやダメというわけではないけど・・・。君は鳩を買ってどうしたいんだね?」
  • 「いえ、どうということは考えていません。ただ鳩を見ていると元気が出てくるんです。鳩小屋を作ったり、鳩を離して帰ってくるのを楽しんだり、鳩の子育てを見たり・・・」
  • 「そうか、じゃあ、分かった」
  • 「あの~・・・ここに新聞配りをして貯めたお金が1200円あります。これでなんとか~・・・
  • 「そう言うことなら、こうしよう。1000円下さい。」
  • 「はい。」
  • 「まずは、このメス鳩一羽、そして、オス鳩を一羽、それに餌を付けることでどうです」
  • 「えっ、本当ですか?」
  • 「本当やで、小屋は出来ているんですか?」
  • 「いえ、まだ出来ていませんが、すぐ作ります。」
  • 「では、雄鳩を選ぼうか。」
  • と言って、植木さんは再び鳩舎の中へ入って行きました。再び出てきた時の片手には、 一羽の鳩が掴まれていました。
  • 「この鳩はね、同じドイツ系の鳩でね。優秀な鳩種なんだよ。血統書は付いていないけど良いと思うよ。」
  • 「はい。」
  • 「鳩は横顔が肝心、この鼻コブを見てごらん、ブツブツゴツゴツしているでしょう。 これがドイツ系の鳩の特徴なんです。 ここに帰趨本能の元である方位磁石が詰まっているんです。」
  • 「はいはい。」
  • 「くちばしは太く短く、頭部は丸く、かといって凸ちんでは駄目。胸毛は、玉虫色に輝いて、肩の筋肉、足の筋肉がしっかりしていること。胸は鳩胸と言ってそして爪が縦にしっかり床に踏ん張っているもの、これが良い鳩のポイントですよ。」
  • 「はい分かりました。」
  • 「それに足環、これは必ず必要です。足環は、登録の証、雛の内に嵌めておかなければね。」
  • 「この二羽は、それなりに、すべて合格の鳩ですから、大事にね。」
  • 「はい、よく分かりました。 ありがとうございます。」
  • 「この二羽は、こちらの鳩舎に隔離しておくから、小屋が出来たらいつでも来なさいな。」
  • と言って別の場所にある鳩舎に入れてくれました。
  •  筆者は早々に帰宅し、 鳩小屋つくりに専念することにしました。
  •  予ねてより集めておいた材料と素人書きした図面を見ての鳩小屋づくりが始まったのであります。
  •  予ねての材料は、知り合いの近所の製材所のおじさんから、遊びに行っては、手伝いをしてタダ同然で持ち帰ったものであります。 図面は、鳩を買っていた同級生から借りてきた 「鳩の飼育」 の本から写し取ったものでありました。


※写真はイメージです。

  •  当時の中学校の授業には、職業家庭科という授業がありました。女子は家庭科を、男子は職業技術科の授業を受けました。のこぎりの使い方、ノミやカンナの使い方や刃の研ぎ方等の授業や、板金でちり取りを作るなどの技術を中心にした手ほどきを受けていましたし、道具も一通りそろっていましたし、筆者はその授業が好きでしたから、好きこそものの上手なれよろしく、鳩小屋も楽しく作ることができました。寸法も何もありませんが、とりあえず感覚で作りました。
  •  夜は裸電球を外に引っ張り出して夜間作業をしました。
  •  その結果、三日目には、わが鳩小屋ができたのでありました。
  •  急ぎ植木さんを訪ね、件の鳩二羽を受け取ったのであります。
  •  ミカン箱に入れられた二羽のハトは、木箱中でクックルック、クックルックと鳴いていました。時々中で動きます、そのたびにミカン箱のバランスが右へ左へと動きます。 その実感が今でも手を伝わってくるような興奮でありました。
  •  植木家から我が家までは、1.5 km位ありましたし、木造りのミカン箱の中に鳩二羽ですから、結構重いものだったと思いますが、今ではその重さも覚えていません。が、きっと興奮のほうが勝って重さなどは、論外だったのであると思います。
  •  ご承知の通り当時のミカンは木箱に入れられていました。リンゴ箱は机になり、ミカン箱は椅子になっていたのであります。
  •  そんな馴染み深いミカン箱に入った待ちに待った二羽の鳩は、新築なった、わが鳩舎に放たれました、しばし床にうずくまっていましたが、首をクルックルッと回すと、まず、雄が自分の気に入った棚に飛び上がりました。
  •  続いてメスがその横に位置しました。小屋の中をぐるりと見まわして様子をうかがっているようでありました。
  •  間もなく雄が、雌に、アピールをするように胸を膨らませ、飲み込んだ息を口をつぐんで吐き出すようにクウックウッと足踏みをしていました。
  •  もらってきた餌を撒いてやると二羽は、パッと羽を広げて降りてくると、むさぼるようについばんでいました。
  •  筆者はそんなマイピジョンの様子を暗くなるまで見ていました。
  •  筆者は、植木さんからこんな注意点を聞いていました。
    • 一つ、鳩は、三か月以上鳩舎から出さないこと。
    • 二つ、巣枠を作って巣皿を入れること。
    • 三つ、水はいつも新鮮にすること。
    • 四つ、塩土(塩を含んだ士の塊) 入れておくこと。
    • 五つ、イタチ対応を完全にすること。
    • 六つ、ふんは毎日処理をすること。
    • 七つ、鳩の純度を維持すること。
  • などでありました。
  •  五番日に対応するために、板は二重に貼りました。 金網は細目のものを二重に貼りました。そして、犬小屋を鳩舎の横に移しました。
  •  七番目に対しては、身元がはっきりしない鳩は同居させない。
  •  こんな苦労をして育てた鳩を、3ヶ月我慢の後で、わくわく高鳴る胸を抑えながら放鳩した時の思いは今でも忘れません。
  •  放鳩された鳩は、我が家の天空を大きく回りながら遥か彼方に飛び立っていきました。
  •  10分の長かったこと、一時間にも2 時間にも思えました。
  •  20分経つか経たないかで天空に黒いに二点が見えました。
  •  瞬く間にその黒点は、接近し我が家の上を旋回しました。
  •  そして翼を止めるとヌーとグライダーの様に鳩舎に程近い屋根に着陸したのであります。その時の感激は、なんとも形容の仕様のない感情でありました。
  •  そして、餌を入れた缶をカラカラ降って鳴らすと警戒心があったのか、些か時間はかかったものの見事テラスに到着、トラップの前で足踏みをしながらカランとトラップの音を響かせて入舎しました。
  •  大成功であります。
  •  こんな毎日を繰り返しながら五年間、数も十数羽になっていました。
  •  何度かレースにも参加させましたが、残念ながら迷い子に成ってしまいました。
  •  もちろん、迷う鳩が迷い込んできたこともありました。そんな時は、足輪の番号を控えておいて問い合わせがあれば連絡するか、伝書鳩協会に知らせおくのでありました。
  •  こんな筆者の愛鳩飼育日記も高校を卒業するにあたり、愛好者に差し上げて筆者の鳩人生は終了したのであります。
  •  今でも、 夕刻に飛ぶどこかの伝書鳩の群れを見ますと、懐かしい青春時代の1 ページを思い出しております。
  •  さて、 話を本題に戻したいと思います。
  •  鶏をゲイと読んでいますが、この読み源は、コケコッコーあるいは、ケケコッコーと鳴く鳴き声から来ているといいます。今一つ、昔鶏のことを、家鶏(かけい) と読んでいます。 これも鳴き声から来たものと思われます。催馬楽(さいばら) 歌の中にも「にはっとり、かけろとなきぬ」とあるそうであります。
  •  しかしながら、だからどうして酉が鳥なの?の回答はないようであります。
  •  では、故事の中に・・・。
  •  論語には、「鶏を割くに、いづくんぞ、牛刀を用いん」とあります。小事を処するに大器を用いる必要がない。という意味であります。
  •  史記には、「鶏口となるも午後となるなかれ」、大きなものの庇護になるよりも小さくとも価値あるものになる。との意味であります。
  •  詩経には、「鶏鳴の助」とあり、意味は、内助の功であります。
  •  後漢集「鶏肋(けいろく)」、使い捨てもほどほどに、もったいないもったいない。
  •  金桜子の立言に、「陶犬は、夜を守るに警なく、瓦鶏は、晨(時を告げる)を司るの益なし」。形ばかりの体裁だけでは意味がない。
  •  書経には、「武王曰く、牝鶏に晨(あした)するなし、牝鶏の晨するは、惟れ家の索なり」。めんどりがおんどりに代わって時を告げる、即ち采配を振るうならば、それはその家の滅びる元である。とありますが、当時はこれで良かったでしょうが、これは今日では通用しないですよね。
  •  こんなのもあります。
  •  佐氏伝に、「雄鶏自らその尾を断つ」、立派な尾羽を持つ雄鶏は、それゆえの難を逃れんと自らの尾を食いちぎる。つまり、才知の優れたものは、時として才知あるが故の妬みや陰謀に災禍するものであります。
  •  筆者も、若年に我師前尾繁三郎師から「馬鹿は賢にはなれぬが、賢は馬鹿になれる。精進すべし」と教えを受けました。が、いまだその域には・・・。
  •  他にも、酉というより鶏に関するものは、「越鶏は、鵠卵を伏す能わず」「家鶏を厭いて、野雉を愛す」「鶏群の一鶴」「鶏鳴狗盗」「鶏鳴狗犬相聞ゆ」等があります。
  •  他にも、面白い雑学として、「常世の長鳴き鳥」天照大神が、スサノオノミコトの乱暴を怒って天戸岩にお隠れになり、世は闇となった。八百万の神々は、国々の長鳴き鳥を集めて、一斉に鳴かしたという逸話。
  •  「函谷関の鶏鳴」斉の猛嘗君が、秦の捕らわれの身から脱出せんと、函谷関まで来たが、大門が閉ざされていた。この大門は、一番鶏が鳴かねば開かぬと聞く、それでは追っ手に再び捕らわれてします。家来の中に鶏鳴の名人がいた。早速鳴いて見せると、あたり一面にいた鶏が鳴き始め、大門は開き無事難関を突破したという逸話であります。
  •  他にも、巷間、熱田神社の神鶏に始まって、神事、ト占、故事などなどに、引用されています。

  •  最後の性格占いなどを、才気に溢れ、現行ともに直接的で遠慮がなく敏捷で器用である。が、偏屈で自我心が強く人の言葉を信じない。その上利己主義、目先の利得に走りやすい。としながらも、コツコツと積み重ね、やがて、実りを知ることもある。とされています。
  •  筆者の知人にも幾人かの酉年生まれがいますが、いずれもコツコツ形でそれなりに成功を収めています。
  •  今年は、酉年に因んで大いに羽ばたき、大いに楽しみたいものでありますね。
  •  では、雑学は、これまで・・・。
  •  最後に筆者の空想の鳥

空想の鳥 猩々
猩々絵

 

平成29年 1月元旦 猩々記 

  

 

 

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